赤外線カメラによる応力測定と疲労限界点の予測測定* Application of thermography to measurement of stress
and determination of fatigue-limit using Infrared camera

株式会社 ケン・オートメーション 矢尾板達也、高橋正清 / 日産自動車 株式会社 宮澤智則 Ken Automation, Inc. Tatsuya Yaoita Masakiyo Takahashi / NISSAN MOTOR CO.,LTD. Tomonori Miyazawa

* 2003年9月1日 自動車技術会秋季学術講演会において発表

Key Words : Infrared Thermography, Lock-In, Fatigue, Fatigue-limit point, S-N curve, Stress, Dissipated energy

This paper aims to illustrate the measurement of infrared stress and fatigue-limit point performed. These techniques are performed in a short time without destruction of specimen on the loading machine. If fatigue-limit point can be prospected, dangerous positions can be earlier improved, and specimen resulting in destruction due to the welding defect can be rejected. It is expected that the test for durability and destruction by fatigue test can be greatly simplified.

はじめに

本研究は、高精能赤外線カメラ(図1)を使用し、金属表面より発せられる散逸エネルギーの温度上昇量をモニタリングすることで、疲労限界点を予測測定するものである。

機械部品に周期的に変動する連続的な荷重が掛かるとやがては疲労破壊を起こす。疲労破壊に至る繰り返し数(N)と応力(S)よりS-N曲線(図2)が描かれ、一定の応力以下で破壊に至らない応力の限度が疲労限界点とされる。破壊に至るメカニズムは連続的な加振が加えられた初期の段階より、主に試験片表面よりマイクロ・クラックが連続的に発生しており非常に小さな発熱を起こしている。やがて小さな内部崩壊は蓄積・連鎖を起こし、急激な疲労破壊へと至る。鋼の場合、疲労破壊に至る箇所の最高温度は200℃以上にも達するとされる。ここでは、最新の赤外線サーモグラフィ技術を使用した赤外線画像解析装置による応力測定技術と、表面温度から判断される散逸エネルギー画像より疲労限界点の予測測定技術について述べる。

図1 赤外線カメラ
図1 赤外線カメラ
図2 S-N 曲線
図2 S-N 曲線

赤外線サーモグラフィ

最新の赤外線カメラ技術であるフォーカル・プレーンアレイとロックイン方式(図3)とよばれる任意に設定した一定間隔のフレームレートに基づいて赤外線画像の取り込みと演算を連続的に実施し、刻々と変化する温度変化量から最大温度差⊿Tの平均化した画像を作成する。7万画素、観測波長域MWIRの赤外線検知素子(InSb)は、ステアリングクーラー電子冷却器で冷却されており、1枚の画面におけるNETDは0.02℃と高い温度分解能を有している。しかしながら、散逸エネルギーを評価するとなると更に高い温度分解能が必要とされ、フレームレートを100Hz、2000枚の画像を20秒で積算すると、温度分解能は0.001℃以上となる。

図3 ロックイン方式
図3 ロックイン方式

赤外線応力画像と散逸エネルギー画像の計算

試験片に繰り返し掛かる荷重に伴って生じる熱弾性効果により、赤外線カメラが捉える応力画像が解析される。図4に疲労試験機に掛けられたコネクティングロッドに圧縮・引張りの繰返し荷重を掛けた時の温度変化を示す。引張り荷重で温度が低下し、圧縮荷重で温度が周期的に変動していることが示されている。

赤外線カメラで捉えられる温度変化量は主応力と比例関係にあり、赤外線カメラで捉えられた温度変化量(⊿T)に各材料の熱弾性係数(Km)を掛けることで応力値として示される(図5)。赤外線応力画像による主応力和(⊿σ)は、以下の計算式によって求められる。

⊿T=-Km ・ T ・ ⊿σ・・・式1

⊿T : 温度変化量

Km : 熱弾性係数

T : 絶対温度

σ : 主応力の和

図4 コネクティングロッド (左:赤外線温度画像, 右:温度の時系列変化)
(上:赤外線温度画像, 下:温度の時系列変化)
図4 コネクティングロッド
図5 赤外線応力測定の原理
図5 赤外線応力測定の原理

しかしながら、この式が成り立つのは熱弾性効果による発熱が試験片内部に蓄積される断熱効果と試験片表面からの放熱のバランスが一定に保たれて、風などの外乱要因が発生しない場合に限定される。多くの場合は、繰り返し掛かる荷重に伴う熱弾性効果のほうが試験片表面からの放熱よりも大きく試験片自体は次第に暖められることとなる(図6)。従って、温度上昇は直線的ではなく、熱弾性効果による温度上昇・下降の繰り返し、試験片の機械的現象に基づく散逸エネルギーによる温度上昇、風などの外的温度変化が含まれる以下の式が示される。

⊿T=re-Tc+D+Te・・・式2

⊿T : 温度変化量

re : 外的要因(風や周囲の温度変化)

Tc : 熱の伝導(温度の高い箇所と低い箇所が均一化を図る働き)

D : 散逸エネルギー(繰り返しサイクルにおける温度上昇量)

Te : 熱弾性効果

図6 熱弾性効果による温度変化曲線
図6 熱弾性効果による温度変化曲線
縦軸:温度 (℃)  横軸:経過時間 (S)

応力測定と同様の手法で高精度赤外線カメラとロックイン・サーモグラフィにより、応力測定に必要な熱弾性効果による温度上昇・下降から、更に小さな繰り返しサイクル毎の機械的現象に基づく散逸エネルギーの温度上昇量を分離して測定すると、温度上昇量(D)を示した散逸エネルギー画像が描かれる(図7)。同じ試験片の画像で図8の赤外線応力画像では左下から右上にかけて応力が均一に掛かっている状態が示されている。散逸エネルギー画像図7では、同じ繰り返し荷重が掛かっていながら一箇所に集中した発熱状態がみられる。この箇所が周囲に比べて機械的に大きく発熱しているところであり、この箇所から疲労限界点に達しやがて破断に至ると予測される箇所である。

この散逸エネルギーの発熱は応力の大きさまたは荷重・試験片の形状・加振周波数によって大きく異なり、機械的な特性に基づいた温度変化を示す。温度変化を捉え縦軸に温度上昇量、横軸に応力をプロットして、温度の上昇量に伴う温度変化のグラフを描いて変曲点を見出すと、S-N線図で求められる疲労限界点と一致することがわかる。

図7 サスペンション部品の散逸エネルギー画像 (℃)
図7 サスペンション部品の散逸エネルギー画像 (℃)
図8 サスペンション部品の 赤外線応力画像 (MPa)
図8 サスペンション部品の 赤外線応力画像 (MPa)

赤外線応力画像と散逸エネルギーの測定事例

自動車のクランクシャフトの 赤外線応力画像を図9に、各赤 外線応力画像で示された応力値 をグラフにプロットすると、掛 けられた荷重に対して赤外線カ メラが捉えた応力値が正比例することがわかる(図 10)。

図9 荷重を変化させた時のクランクシャフトの 赤外線応力画像 [最大応力値 (MPa)]
図9 荷重を変化させた時のクランクシャフトの 赤外線応力画像 [最大応力値 (MPa)]
図10 荷重と応力値の相関
図10 荷重と応力値の相関

平板曲げ試験

平板曲げ試験(図11)の散逸エネルギー測定画像を図12に示す。加振機に試験片を取り付けて試験片に連続的に掛かる曲げ荷重を段階的に上げていき、一定の荷重を保った状態でそれぞれの荷重における赤外線応力画像と散逸エネルギーによる温度上昇量を赤外線カメラで測定した(図13)。各画像を撮影するのに要した時間は約2分間で、全体の段取りを入れて僅か2時間あまりで疲労限界点の特定ができた。このことは、鉄の場合10の7乗と云われる疲労試験機を使用した疲労試験に掛かる時間と労力に比較すると大幅な低減が可能となる。

各散逸エネルギー画像で示された温度上昇量をグラフにプロットし、描かれる2本の直線の変曲点が疲労限界点に相当する応力値である。(図14)この散逸エネルギーの測定より、この平板試験片の疲労限界点は約200MPaの荷重であると特定され、疲労試験機による破壊試験から求められたS-N曲線(図15)の疲労限界点と一致した。

図11 平板曲げ試験
図11 平板曲げ試験
図12 平板曲げ試験の散逸エネルギー画像
図12 平板曲げ試験の散逸エネルギー画像
図13 荷重の変化させた時の散逸エネルギー画像
図13 荷重の変化させた時の散逸エネルギー画像
図14 荷重と散逸エネルギーの相関
図14 荷重と散逸エネルギーの相関
図15 平板試験片の S-N 曲線
図15 平板試験片の S-N 曲線

クランクシャフトの曲げ試験

平板曲げ試験と同様にクランクシャフトの曲げ試験を行った。赤外線温度画像を図16、散逸エネルギー画像を図17,18に示す。散逸エネルギー測定の変曲点は、図19の2本の直線の交わる550MPaのところにあり、S-N曲線(図20)の疲労限界点と一致した。

試験片にある力が連続的に加振されている場合、試験片の中ではかなり初期の段階より小さな崩壊が始まっており極僅かな発熱を起こしている。図14に示されるように、疲労限界点までの応力であれば緩やかに温度上昇が起こり、その後応力が疲労限界点(変曲点)を超えると発熱は大きくなり、亀裂の成長が著しくなるとやがては破断に至る。

試験の特長は、短時間に疲労限界点が見出せるばかりではなく、試験片を実際に破壊することなく行われる。疲労限界点は試験片表面の硬度、窒化やショットピーニングなどの表面処理によって大きく異なるので、幾つかの試験片を評価し試験片毎の材料・金属組織のバラツキを考慮しなければなければならない。現在まで行った、一般的な鋼材材料、アルミ鋳物、ガス軟窒化材においては、赤外線カメラによる散逸エネルギー測定と、S-N曲線における疲労限界点が素材のばらつき範囲内であった。

散逸エネルギー測定は温度上昇量と応力の応力相関より疲労限界点に相当する応力値を見出すことができるが、疲労耐久回数(N)まで特定はされない。従って、疲労試験機による疲労試験がこの手法に全て置き換えられるわけではないが、併用することで従来破壊まで評価していた試験片の数量と時間の緩和がはかられることが期待される。

図16 クランクシャフトの曲げ試験
図16 クランクシャフトの曲げ試験
図17 クランクシャフトの散逸エネルギー画像
図17 クランクシャフトの散逸エネルギー画像
図18 荷重の変化させた時の散逸エネルギー画像
図18 荷重の変化させた時の散逸エネルギー画像
図19 荷重と散逸エネルギーの相関
図19 荷重と散逸エネルギーの相関
図20 クランクシャフトの S-N 曲線
図20 クランクシャフトの S-N 曲線

おわりに

赤外線サーモグラフィによる試験片表面の温度測定から疲労限界点を導き出すのは、新の赤外線サーモグラフィにより温度分解能が飛躍的に向上したからである。赤外線サーモグラフィによる応力画像解析や散逸エネルギー測定による疲労限界点予測測定は、試験片を破断することなく短時間に行うことができる。この測定方法と疲労試験を併用することで、実際に破断に至る試作品・試験片の数量と時間を削減でき、疲労試験を大幅に緩和されることが期待される。疲労試験において明確な疲労限界点が存在しないアルミ材についての適応は、今後の課題とされる。

参考文献

  1. 矢尾板達也:赤外線による疲労診断技術,検査技術,第4巻第8号,(1999年),日本工業出版。
  2. 矢尾板達也:赤外線による応力測定、疲労破断箇所の予測測定,機械技術,第47巻,第10号,(1999年),日刊工業新聞社
  3. Pierre Bremond and Pierre Potet, Cedip Infrared Systems-France:Application of Lockin thermography to the measurement of stress and to the determination of damage in material and structures., QIRT5 conferences.2000
  4. Minh Phong Luong: Fatigue limit evaluation of metals using an infrared thermographic technique.,Mechanics of Materials 28(1998)155-163
  5. 矢尾板達也:ロックイン・サーモグラフィによる赤外線応力解析、疲労限界点,平成12年度第1回赤外線サーモグラフィによる非破壊評価特別委員会,平成12年6月16日
  6. Pierre Potet, 矢尾板達也:ロックイン・サーモグラフィによる材料および組織中の応力測定および損傷位置検出の アプリケーション,平成12年度第3回赤外線サーモグラフィによる非破壊特別委員会,平成13年1月17日
  7. Pierre Bremond and Pierre Potet, Cedip Infrared Systems-France: Lock-In Thermography: A tool to analyze and locate thermo- mechanical mechanisms in materials and structure., Thermosense XXⅢ April 2001.
  8. 矢尾板達也:新しい疲労限界箇所の特定方法:日本機械学会関西支部第249回講習会,2001.7.11
  9. 矢尾板達也:赤外線カメラによる応力画像評価および散逸エネルギー画像による疲労限界点予測,第33回応力・ひずみ測定強度シンポジウム,2002.1.26
  10. 矢尾板達也:赤外線サーモグラフィによる応力画像と散逸エネルギー測定による疲労限界点予測,非破壊検査,第51巻第6号,平成14年6月1日,社団法人日本非破壊検査協会
  11. 矢尾板達也:Cedip赤外線カメラによる応力測定:日本材料学会関西支部 講習会「応力計測の基礎とその応用」,2002.11.21-22
  12. 矢尾板達也:赤外線応力測定の最新動向について,平成15年度第1回赤外線サーモグラフィによる非破壊評価特別委員会,平成15年6月27日