赤外線応力測定と逆解析モデルによる解析

株式会社 ケン・オートメーション

はじめに

高性能赤外線カメラを使用し、試験片に繰り返しかかる温度変化より、赤外線応力画像を得ることができる。熱弾性効果による温度変化量の大きさは、掛けられた応力と比例関係にあり、試験片の材料特性値である、線膨張係数、密度、比熱を掛け合わせることで応力値に変換される。320X240画素の赤外線カメラ(図1)を使用することにより、赤外線応力画像は各画素毎のデジタルデータとして応力分布が表示される。

図1 赤外線カメラ
図1 赤外線カメラ

一方FEM解析モデルは試験片形状、材質、拘束条件を設定することで応力分布が計算される。応力分布は拘束条件の設定によって大きく変動し、実際の試験片の挙動にあった適切な拘束条件設定が行われなければならない。試験片形状が複雑になればなるほど、拘束条件の設定は難しいものになり、実際の試験片に掛かる応力分布とは整合しにくくなる。

ここでは、最新の赤外線サーモグラフィ技術を使用した赤外線画像解析装置による赤外線応力画像(図2)の測定技術と、赤外線応力測定画像のデジタルデータを利用し、FEM解析モデル(図3)との間で比較、逆解析を行い、初期設定された拘束条件を、実際の試験片の挙動に合うように拘束条件を変更できる、IR-FEMオリオン赤外線画像用ハイブリッド応力解析プログラムについて述べる。

図2 赤外線応力画像
図2 赤外線応力画像
図3 FEM解析モデル
図3 FEM解析モデル

赤外線サーモグラフィ

最新の赤外線カメラ技術である2次元フォーカル・プレーンアレイの赤外線検知素子を採用している。7万5千画素、観測波長域MWIRの赤外線検知素子(InSb)は、ステアリングクーラー電子冷却器で冷却されており、1枚の赤外線画像における測定温度分解能(NETD)は30℃において0.02℃と、現在市販されている赤外線カメラとしてはトップレベルの温度分解能を有している。赤外線応力測定では更に高い温度分解能が必要とされ、フレームレート100Hz,2,000枚の画像を20秒で積算すると、温度分解能は0.001℃以上となる。

繰返し荷重が掛けられた試験片の温度変化は、ロックイン方式(図4)とよばれる任意に設定した一定間隔のフレームレートに基づいて赤外線画像の取込みと演算を連続的に実施し、刻々と変化する温度変化量から最大温度差_Tを計算した画像を作成する。

図4 ロックイン方式
図4 ロックイン方式

赤外線応力画像と散逸エネルギー測定画像の計算

試験片に繰返し掛かる荷重に伴って生じる熱弾性効果により、赤外線応力画像が解析される。図5にコネクティングロッドの引張・圧縮荷重による時系列温度変化を示す。赤外線カメラで捉えられる温度変化量は主応力と比例関係にあり、赤外線カメラで捉えられた温度変化量(⊿T)に各材料の熱弾性係数(K)を掛けることで応力値(MPa)として変換される。(図6)

赤外線応力画像における主応力和(⊿_)は、以下の計算式によって求められる。

⊿T=-K ・ T ・ ⊿_・・・・・・・式(1)

⊿T : 温度変化量

: 熱弾性係数

T : 絶対温度

σ : 主応力の和

ロックイン方式による赤外線応力画像の測定は、試験機からの同期入力信号に基づいて試験片の熱弾性効果による温度変化だけを測定することができ、風などの外的要因による温度変化を排除している。ロックイン方式は、従来の赤外線応力測定装置はで設定が難しかった参照入力信号との位相合わせに関係なく、320X240の全ての画素において最大温度差⊿Tが計算される。

図5 コネクティングロッドと温度変化1
図5 コネクティングロッドと温度変化2
図5 コネクティングロッドと温度変化
図6 赤外線応力測定の原理
図6 赤外線応力測定の原理

赤外線応力画像の測定事例

自動車のクランクシャフトの赤外線応力画像を図7に示す。油圧の疲労試験機に試験片を取り付けクランクシャフトの2箇所のジャーナル部を固定しクランクピンに荷重を掛け、25Hzのサイクルで3点曲げ試験を行った。クランクピンに連続的に掛かる曲げ荷重を9.8kNから68.6kNまで19.6kNステップで段階的に上げていき、一定の荷重を保った状態でそれぞれの荷重における赤外線応力画像を赤外線カメラで測定した。赤外線応力画像では〔式(1)〕にある試験片の繰返し荷重による熱弾性効果の温度上昇量⊿Tに、試験片の素材である鋳物の熱弾性係数(2.56X10-6)を掛けて応力値(MPa)に変換して表示した。

図8に示されるように、各赤外線応力画像の応力の集中するクランクピンのコーナー部の最大応力値をグラフにプロットすると、掛けられた荷重に対して赤外線カメラが捉えた応力値(MPa)が正比例することがわかる。このことは、赤外線カメラが捉えた応力の温度変化が、実際に掛けられた荷重に合致することを意味する。

図7 荷重を変化させた時のクランクシャフトの赤外線応力画像 [最大応力値 (MPa)]
図7 荷重を変化させた時のクランクシャフトの赤外線応力画像 [最大応力値 (MPa)]
図8 荷重と応力値の相関
図8 荷重と応力値の相関

IR- FEMオリオン赤外線画像用ハイブリッド応力解析プログラム

本ソフトウエアでは、赤外線応力測定装置で測定された画像からのデジタル応力(主応力和)値と、その構造を解析モデル化したFEMデータから、測定された数値などを利用してFEM解析での未知荷重値条件などを逆解析で求める。また、各種応力値などを求める利点として、測定される主応力和以外の、応力成分や応力方向などが表示可能。赤外線応力測定装置では見えない裏側や内部の応力分布などが推定表示出来、測定対象の未知な境界(拘束・荷重)条件が推定される。

前準備として、画像ファイル(ASC)とメッシュファイル(NASTRAN形式、図9)と、赤外線応力画像のASCIIデータ(図10)を図用意する。

最初の処理として解析用のデータに未知成分や観測点を設定する。次に赤外線応力画像とFEMデータの画像を重ね合わせて、各測定点、拘束点の合わせ込みを行う(図11)。

赤外線応力画像の測定データ(ASCIIフォーマットの応力値)を基にして逆解析を行い、FEM解析モデルの拘束条件が実際の試験片の拘束条件に合うように繰り返し解析を行う。

赤外線応力画像では、主応力和の変化量しか示されないが、FEM解析モデルより、逆解析後のポスト処理として、変形図(図12)、等高線図(成分別表示例)(図13、14)、等価節点力ベクトル図(図15)の表示が可能となる。

図9 メッシュファイル
図9 メッシュファイル
図10 赤外線応力画像(ASCII データ)
図10 赤外線応力画像(ASCII データ)
図11 画像データの重ね合わせ
図11 画像データの重ね合わせ
図12 変形図
図12 変形図
図13 等高線図 (成分別表示σ X)
図13 等高線図 (成分別表示σ X)
図14 等高線図(成分別表示σ Y)
図14 等高線図(成分別表示σ Y)
図15 等価接点力ベクトル図
図15 等価接点力ベクトル図

まとめ

赤外線サーモグラフィによる試験片表面の温度測定から赤外線応力画像が短時間に得られるようになったのは、最新の赤外線サーモグラフィ技術により短時間に多くの画像が演算処理され、赤外線カメラの温度分解能が飛躍的に向上したからである。

自動車メーカーでは、FEMやCGを利用した応力,振動,強度のシュミレーションが進んでいるが、シュミレーションでは実際の応力分布と整合し難いため、疲労試験機を使用した実用試験片の確認作業は未だもって必要不可欠とされる。航空機や建設機械メーカーでは、試験片が大きいため多くの歪ゲージに頼る応力測定が行われているが、どの箇所に応力集中があり、どの部位が危ういかが早期に特定できれば検査作業は大幅に緩和される。

十分な安全性,耐久性を確保しながら、開発期間の短縮,コスト削減,軽量化,環境問題は必要命題とされている。これらのためには、あまりにも時間とコストが必要とされる従来の疲労試験機による疲労試験では対応できない。

赤外線サーモグラフィによる応力画像解析をIR-FEMオリオン赤外線応力ハイブリッド応力解析プログラムにより逆解析して試験片に掛かる拘束条件をより実際のモデルに近づけることや、赤外線応力画像の主応力和を方向成分分けすることが可能となった。今後は、より複雑モデルの整合性の向上に努めて行きたい。

最後に、本ソフトウエアを制作する上で、東京工業大学教授岸本喜久雄博士、助教授井上裕嗣博士、日本電子株式会社 増喜彰久氏より監修頂いた。ここに記して深甚なる謝意を表する。

参考文献

  1. 矢尾板達也:赤外線による疲労診断技術,検査技術,第4巻第8号,(1999年),日本工業出版。
  2. 矢尾板達也:赤外線による応力測定、疲労破断箇所の予測測定,機械技術,第47巻,第10号,(1999年),日刊工業新聞社
  3. Pierre Bremond and Pierre Potet, Cedip Infrared Systems-France:Application of Lockin thermography to the measurement of stress and to the determination of damage in materialand structures., QIRT5 conferences.2000
  4. Minh Phong Luong: Fatigue limit evaluation of metals using an infrared thermographic technique.,Mechanics of Materials 28(1998)155-163
  5. 矢尾板達也:ロックイン・サーモグラフィによる赤外線応力解析、疲労限界点,平成12年度第1回赤外線サーモグラフィによる 非破壊評価特別委員会,平成12年6月16日
  6. Pierre Potet, 矢尾板達也:ロックイン・サーモグラフィによる材料および組織中の応力測定および損傷位置検出のアプリケーショ ン,平成12年度第3回赤外線サーモグラフィによる非破壊特別委員会,平成13年1月17日
  7. Pierre Bremond and Pierre Potet, Cedip Infrared Systems-France: Lock-In Thermography: A tool to analyze and locate thermo- mechanical mechanisms in materials and structure., Thermosense XXⅢ April 2001.
  8. 矢尾板達也:新しい疲労限界箇所の特定方法:日本機械学会関西支部第249回講習会,2001.7.11
  9. 矢尾板達也:赤外線カメラによる応力画像評価および散逸エネルギー画像による疲労限界点予測,第33回応力・ひずみ測定強度 シンポジウム,2002.1.26
  10. 矢尾板達也:赤外線サーモグラフィによる応力画像と散逸エネルギー測定による疲労限界点予測,非破壊検査,第51巻第6号,平成14年6月1日,社団法人日本非破壊検査協会
  11. 矢尾板達也:Cedip赤外線カメラによる応力測定:日本材料学会関西支部 講習会「応力計測の基礎とその応用」,2002.11.21-22
  12. 矢尾板達也:赤外線応力測定の最新動向について,平成15年度第1回赤外線サーモグラフィによる非破壊評価特別委員会,平成15 年6月27日
  13. 矢尾板達也:赤外線カメラによる応力測定と疲労限界点の予測測定,社団法人自動車技術会秋季大会,平成15年9月19 日